私がマジックにドップリとハマったのは、中学三年生の頃でした。それまでもマジックは好きでしたが、どちらかというとタネや仕掛けが気になり、デパートの手品道具を買って楽しむ程度でした。
そんなある日、友達が私にマジックを二つ見せてくれました。
一つはアメリカの1セントコインと5セントコインを使ったマジックです。2枚のコインを透明なコップに入れます。そしておまじないをかけると、一枚のコインが何とグラスの底を貫通して落ちてきました。
もう一つは一円玉を使ったマジックです。両手に2枚ずつ一円玉を握ります。おまじないをかけると右手に握った一円玉が一枚消え、左手に瞬間移動するマジックでした。
マジックを見て心底驚いた瞬間
どちらのマジックも当時デパートで売っているような、手品道具を使ったマジックではなかったので、疑いの余地がなく、たいへん不思議でした。
ただ、コインの貫通マジックは、「①外国のコインを使っていたこと」「②コップを使ったこと」の2つの疑いの余地があったので、恐らく仕掛けはコインかコップにあるのだろうと予想ができました。
しかし、一円玉のマジックは違いました。
馴染みのある日本のコインですし、何より私が出した一円玉だったので全く疑いの余地がなく、見た瞬間に頭の中が真っ白になりました。
どんなに考えても全く仕掛けがわかりません。これを見たときの衝撃は、心臓を他人に素手で握られたような感じだったのを、今でも鮮明に覚えています。
当時は、今のようにマジックの理論や原理原則を知っていたわけでもありません。そのため、意識が「起きた現象」のみにフォーカスされていて、トークや現象が起こるまでの過程といったことを考えられなかったので、なおさらです。
そこで、何とか頼み込んでタネを教えてもらいました。
まずコインの貫通マジックは「なるほど!」 と、その仕掛けに感心させられました。コインを調べても全く分からないぐらい、精巧に仕掛けが施されていたのです。
そしてこのコインは、デパートの手品売り場で一般向け商品とは別に、マジックの実演販売員(ディーラー)と仲良くなり、コッソリと売ってもらえるプロ仕様の特別なアイテムであると知りました。
そして一円玉のマジックです。これは一円玉以外、他のアイテムは使っていません。私が出した一円玉なので、コインに仕掛けがないのも明白です。
それなのに手から手へコインが1枚移動したのです。
プロマジシャンがやれば、凄いテクニックでも使っているのだろうと納得できます。しかし、私の友達がまるでテレビで見るようなコインのマジックを見せてくれたのです。
これにはどんなに考えても全く見当がつきませんでした。そこで、必死に頼み込んで、タネを教えてもらいました。
タネを教えてもらった感想は……?
まるで超高層ビルディングが崩壊するかのような衝撃が走りました。全身の力が一気に抜け落ち、その場に倒れ込みました。どういうことかと言うと、あまりにもタネが単純だったのです!
「こんなことにダマされたのか!」と自暴自棄になりました。そして同時に、こんなに単純なことでこれほどまで不思議な現象を起こしてしまうマジックの考え方に感銘を受けて、その瞬間にマジシャンになろうと決めました。
マジックはタネや仕掛けが全てではない
それまでマジックには、タネや仕掛けがあるから不思議なことが起こせると考えていました。しかしこのマジックは全然違ったのです。
一言でいうと完全なる思い込みです。
コインが移動するという最終的な現象が完結するまでの過程に、全て意味があったのです。つまり、相手に思い込んでもらうためのストーリーが大切で、それにテクニックが組み合わさって成立したマジックということです。
私はマジシャンになってからも、たまにこのマジックを演じることがあります。勘の良い方はやり方に気づく場合もあります。しかし、当時の私は全く気づかなかったのです。
素直にストーリーを信じ、現象に驚いていたのです。マジシャンからすればとても良いお客さんです。
そして、マジックの考え方を知ったこの瞬間から、マジックの捉え方がかわりました。タネや仕掛けといった表面的なことではなく、マジックのもっと深い考え方に興味を持つようになりました。
当時は中学生だったので、お金はありませんでした。しかし、おこずかいを貯めてターベルコースという一冊8000円ぐらいした手品辞典(シリーズ全8巻)を一冊ずつ買いそろえていきました。
また、家族旅行に自分だけ行かずに、そのお金をもらいマジックの道具を買いました。要は全てのお金をマジックに費やしていました。
こうして私のマジック人生は、一円玉を使ったマジックから始まりました。